ドイツ通信39「カルチャーショック」


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カルチャーショック??

 

 7月18日から3週間に渡り、ドイツ人の団体と旅をし、食住+行動を共にしました。Die Blaue Karawane(ディー ブラウエ カラヴァネ:青いキャラバン)という団体で、シンボルは“青いラクダ”。キャラバンなのでラクダなのでしょう。この団体が、キャラバン(Karawane)を組み(というか参加者みんなで)大移動をしたのが今回の旅。移動の先々の拠点都市でしばらく滞在し活動しました。

 

 どんな活動なのかと言うと、「海や空のように境界のない社会を」というような感じで、それらの色“青”(Blaui)をシンボルカラーとして、精神、身体に障害のある人、ちょっと変わった人、仕事のある人ない人、社会の落ちこぼれ的な人、うまく社会生活が営めそうにない人・・個性と障害のすれすれのような気質の人・・・社会的身分、素性、老若男女問わす、みんな一緒に共存していこうとメッセージを発する団体です。団体自体には25年の歴史がありますが、キャラバンを組み長期の旅を行うのは今回が4回目。今回はベルリンからブレーメンへの移動になりました。

 

 ブルー(Blau)を名に冠しているからか・・・移動は水上を行きます。我らのシンボル“青いラクダ”は実物大以上の巨大青いラクダとしてマスコット兼船になっており、これを動かす事で、自分たちの存在や訪問をアピールするのです。日本でブームを巻き起こしたユルキャラ的な“目”をしたラクダ。癒されます。

 

 

 ここでこれ以上団体の活動方針や活動内容を紹介するのは控え(ドイツの紹介というより、この団体の紹介になってしまいますので)、私が参加した3週間の旅上で、経験した“驚きの?”ドイツ人の行動を挙げてみたいと思います。

 

 

食事編)1.とにかくパンにバターを塗りまくる。朝からいったいどれだけの乳脂肪とカロリーを摂取するのか・・と恐ろしくなるほどのバター量。2.(やはり子どもの頃から鍛えられているのか)パンの食べ方が奇麗。丸いパンは横に半分に切って丁寧にバターを塗り、チーズやハムを挟み・・。食パン型のパンでも同様。だから席についてから食べ始めるまでの時間が異様に長い。私はパンはちぎりながら食べる(もしかしたらこれはマナー違反??)ので、私が食べ終わる頃にやっと食べ始める人も。基本的に朝食にかける時間長し。3.ベジタリアンが多い。しっかり市民権を獲得しているベジタリアン。自分たちで料理するときはもちろん、振る舞われる時も常に“ベジタリアン”の存在は必ず考慮されている。4.食料の賞味期限や保管に関する概念の違い。(常温保存可能なパックなのでしょうが)牛乳は常温。開封後も常温。夏の屋外に放置し、なくなるまで使う。

 

 

宿泊編)1.床が汚いというイメージがない。掛け布団やタオルも平気で床に置く。個室内は裸足で歩く人が多い。2.シャワーは基本的に朝に入る。夜、宿に戻ったら、そのまま寝る人多数。湖で泳いだり、夏の野外で十分に活動した日でさえ・・。せめて顔を洗い、歯を磨いた方が・・とこちらが心配になるくらい。3.旅の荷物は完全に開ききって、備え付けの棚やロッカーに収納するのが主流。私などは、必要なものだけ出して、その都度鞄にしまうので、再荷造りが容易だけれど、ドイツ人方式だと出発前日の荷造りが大変で荷造りも大切な一日のプログラムになっている。

 

 

行動編)1.この団体の特徴でもあるけれど、マイペース。毎朝の朝礼に参加するもしないも、途中退席も遅刻も(望ましい事ではない、という認識もあるにはあるようだったけれど)個人の権利として認められ“集団行動には『和』が大切。秩序を乱す行動は慎むべき”という概念はなさそう。2.対外的にもマイペースさは崩れない。お世話になっているからとか、貸し借り感情、上下関係を意識しての謙り等は無い。3.衛生概念の相違。食事、宿泊とも関連し、

 

“内と外”の感覚のずれは大きい。

 

 

 単純に私の生活習慣と違うだけなのか、この団体が特殊だからこそ発生する事態なのか、ドイツ人の習慣としてカテゴライズしていいのか、確かめようもないけれど、日本人が捉える“和をもって尊しとなす”概念=“調和って美しい!”的考えは皆無であると、ひしひしと感じました。だから余計に気持ちがいい。何かあれば話し合う。議論争論を繰り広げる。一つ一つの議題について話し合い、結局多数決で決めた場合、結論に賛成できなければそのプログラム(全活動の一部分)には参加しなければいい、それだけ。日本人のように、文句を言いつつその場にいる人や、乗り気じゃないけど、不参加だと周りの目が気になる・・と消極的参加する人はいない。

 

 

 ところが・・。

 

「「和」の本当の意味は、個々がもっているものを

 

すべて出し、それらを共にぶつけ合いながら、もっと良い

 

ものを生み出していくことだそうです。

 

 

そして、そのための努力を怠らないこと・・・。

 

 

「和をもって尊しとなす」決して納得できないことには妥協せず、

 

しかも他人の意見も受け入れ、それを尊重できる寛容さを持ち合わせる

 

こと」

 

http://blog.goo.ne.jp/kongohin/e/f7ec25493d2560db6f3a3b2177af752e

 

 

 これをふまえると、ドイツ人のこのやり方のほうが、まさに“和”を大切にしている、ということになります。そんな団体の中だからこそ、私も窮屈な思いをせず、のびのび生活させてもらいました。そして旅が終わるころ、不思議な感覚が芽生えている事に気がつきました。ドイツ人(キャラバンの仲間)が“外国人”として目に映っていない、と。やはり外国人が目に映るときには、自分とは異質のモノ(見慣れないモノ)が目に入って来た“感覚”があります。日本で日本人とすれ違う時と、ヨーロッパ人とすれ違う時の感覚は違う(珍しさ・・とはちょっと違って、少しの違和感、“瞳”がちょっと驚く・・のような)ように、こちらに来たばかりの頃は、会う人会う人“外国人”でした。それが、一年経って、ドイツの人たちが、自分の目に“同類・同質の人”的に映っているのをこの旅で確認しました。そしてその逆もまた然り・・とも感じたキャラバンでした。

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